AIは掛け算だ。否定する人と、危機感がない人が同じくらいまずい理由
去年から、本格的にAIをWeb制作の現場に組み込んできました。10ヶ月ほど複数のツールを使い倒す中で、AIそのものより「AIへの反応の仕方」が気になりはじめました。
AIは足し算じゃなく、掛け算
多くの人がAIを「足し算」で捉えています。仕事が少し楽になるツール、補助輪。でも実態は違います。AIは掛け算です。
自分の能力を1として、AIが最大3倍の出力をくれるとします。
能力1 × AI3 = 3
でも能力が3の人なら:
能力3 × AI3 = 9
AIが進化して5になれば:
能力3 × AI5 = 15
スタート地点の差が、そのまま拡大されます。これが現実です。
現場で実際に起きていること
もう少し具体的に見てみます。たとえばこんな2人がいるとします。
Yさん:誠実さや基礎力は高い。ただ、AIの活用が半年ほど遅れている。 Xさん:基礎力はYさんに劣るが、AIをうまく使いこなしている。
戦闘力を数字にするとこうなります。
Yさん:基礎力2 × AI活用度1.5 = 3
Xさん:基礎力1 × AI活用度3 = 3
今は同じ3。でも需要があるのはYさんです。信頼と実績があるから。
ところがこのまま半年・1年と経つと、じわじわと差が逆転しはじめます。
デザイナーの場合
Yさんは慣れたツールで、ひとつひとつ丁寧に仕上げます。XさんはAIツールを組み合わせて、動きながらパターンを量産します。Yさんが必要とされる案件は、静かに減ってきています。
プログラマの場合
これが一番顕著です。
Yさんは依頼から2週間で仕上げます。丁寧で、さすがだと思います。ただ、追加修正のたびに時間がかかります。
Xさんは3日で仕上げます。最適解ではないかもしれませんが、動作チェックは問題なし。
クライアント側からすると、Yさんに任せていると案件が溜まって機会損失が続く。Xさんのコードに対してエンジニアが「リスクが高い」と指摘することもある。ただ、現場のスピード感が合わないと、別のチームへ静かに流れていくのが現実です。
良し悪しの話ではありません。スピードが求められる現場では、構造が変わってきているということです。
自分の場合、何が変わったか
仮の話ばかりだと薄いので、自分のことも書いておきます。10ヶ月使い倒してきて、変わった実感があるのは主にこの2つです。
1. 初回の設計精度が上がった
ヒアリングから要件を詰めて、最初に出す設計の解像度が、明らかに変わりました。仮説の幅を広く持てるようになって、抜けや矛盾を初期段階で潰せる。「2回目の打ち合わせで実は…」が起きにくくなったのは、クライアントにとっても自分にとってもプラスです。
2. ワイヤーフレームを”動くHTML”として見せられる
ここが一番、クライアント体験を変えた部分です。以前は静止画のワイヤーをレビューしてもらっていたのが、今はデザインが当たった状態のHTMLで、実際に触りながら確認してもらえる。「想像で承認」が「触って承認」に変わるので、後工程での認識ズレが激減します。
修正の速度なんかも色々変わっていますが、そっちは数字を出すと「じゃあ安くしてよ」になりかねないので、ここでは伏せておきます(笑)。本質は速度じゃなく、同じ時間で出せるアウトプットの密度と精度が変わったことのほうです。
「AIは嘘をつく」問題の本質
「AIは嘘をつく」という話をよく聞きます。ハルシネーションの問題は確かにあります。ただ、その多くは聞き方が悪い。
例えるなら、専門家に前提条件を何も伝えずに唐突に質問して、「絶対に答えてください」と迫るようなものです。そんな問いに返ってくる答えが怪しくなるのは、AIに限った話じゃありません。
実際、あるAI活用の実験で、プロンプトの質が著しく低い状態で「AIの精度検証」をしているケースを見たことがあります。実験の設計自体が歪んでいて、結果を信頼できるものにしていませんでした。AIを批判する前に、問いの立て方を疑うべきでした。
頭ごなしに否定する人が危ない理由
否定したい気持ちはわかります。急な変化への抵抗感、「仕事が奪われる」という不安、よくわからないものへの警戒心。ただ、使った上で否定してほしい。
使わずに否定するのは、スマートフォンを触ったことがない人が「あんな小さな画面で何ができる」と言っているのと変わりません。
問題は進化のスピードです。半年前と今では、できることが別次元になっています。否定している間にも、周りは実験を重ね、掛け算の分母を大きくし続けています。
否定のコストが、使わないリスクを超えました。 もうそういう時代です。
危機感がない人も、同じくらいまずい
「自分には関係ない」「まだ先の話」も同じくらいリスクがあります。
ゆっくりやれば追いつける、という感覚はもう通用しません。同じ時間・コスト・人数でも、アウトプットの量と質が変わりはじめています。これはやがてクライアントの目にも見える差になります。
「AIを使っています」が差別化になる時代は、もうすぐ終わります。使っていないことがリスクになる時代が来ます。それがわからないのは、正直やばいと思っています。
少人数化が進むほど、見えにくくなるリスク
ひとつ、自分への戒めとして書いておきます。AIで少人数の力が上がると、逆に「人を巻き込む力」が落ちていきます。5人でやっていた現場が2人+AIに最適化されていく。効率としては正しい。でも、本当の危機はたいてい少人数では乗り越えられません。いざチームで動かなければならないとき、その感覚が鈍っていると痛い目を見る。そのリスクを、AI活用が進むほど意識しておく必要があると思っています。
ただし、追いかけすぎてもだめ
新しいツールが出るたびに飛びつくのも違います。選択肢は増え続けていて、全部試したらキリがありません。大事なのは自分の軸を持つことです。「何のためにAIを使うのか」を決めてからツールを選ぶ。逆にやると、ツールに振り回されて終わります。
結局、自分を鍛えることが先
AIの時代に一番重要なことは、皮肉にも「人間としての能力を上げること」だと思っています。分母が大きければ、AIがどれだけ進化しても恩恵を受け続けられます。分母が小さいままだと、高性能なツールを使っても出力は知れています。
「自分を鍛える」というと難しく聞こえますが、やることはシンプルです。AIに全部任せるのではなく、理解しようとすること。苦手でもドキュメントを読む、わからなければAIに質問しまくる。それを繰り返しているうちに、少しずつ理解が追いついてきます。今はAI自体が学習を助けてくれるので、以前より自己解決がしやすい環境になっています。
10ヶ月使い続けてきて自分が感じているのは、「AIの出力がある程度読めるようになってきた」ということです。答え合わせをしながら、掛け算の出力感覚がわかるようになってきた、という感じでしょうか。最初の頃とは、AIとの距離感が変わっています。
最後に
否定する人も、危機感がない人も、根本は同じかもしれません。前向きな気持ちになれていないだけ、という気がします。
ただ、気づくまでは難しい。それもわかります。
でも気づいたときには、もう遅れているかもしれない。そのリスクだけは、頭の片隅に置いておいてほしいと思っています。